学歴なし・資格なしの元風俗嬢が古着転売で人生が開けた物語

あなたは今の人生を「お金の悩みに束縛されずに楽しく生きている」と言えますか?

という漠然とした質問に対して、

「お金の悩みに束縛されずに楽しく生きている!」

と言えるなら、全然問題ないですね。

私も今はお金の悩みに束縛されずに楽しく生きていると言える人生です。

 

ただ以前の私は風俗嬢で、先の見えないその日暮らしの毎日に、

これからの人生どうやって生きていけばいいんだろうと不安でした。

 

31歳の頃に海外で生活してみたいと思い立ち単身でタイに渡り、

現地採用で日系企業の社員として勤務するも、

仕事が出来なさすぎて解雇を言い渡され、

6年間も生活したタイを泣く泣く離れる羽目になり、

日本に帰国した頃にはお金も資格もないただの37歳に。

 

会社勤めは性に合わないことをタイで痛感したため、

今さら正社員になるつもりもなく、

手当たり次第に受けたアルバイト面接もどこも不採用、

当面の生活費の不安から逃れるために風俗嬢に。

 

出勤をしてお客さんに接客をしなければお給料はもらえない世界なので、

お茶ひき(お客さんゼロ)を心配して連日休まず、15時間勤務の日々。

当然友人から誘われても、時間も気力もありません。

心にゆとりのない毎日で、一気に老け込みました(笑)

 

他のアルバイトと比べれば比較的実入りはよく、

仕事を始めた当初のお金に対する不安からは脱却出来たものの、

気付けば年齢はすでに40代の大台に。

 

50代でも60代でも現役バリバリの嬢はたくさんいますが、

私は3年半も勤めていても、指名してくれるお客さんはたったの2人。

お店の集客力に頼りきって、自分のお客さんを作る努力をしてこなかったわけです。

お店のNo.1の嬢はひっきりなしに指名のお客さんから連絡が入りますが、

私はフリーのお客さんをあてどなく待つだけの毎日。

長い長い拘束時間を何も出来ず待機室に残る時間ばかりが増えていきます。

 

それに体はやはり正直で、20代と同じような働き方をするには無理があり、

日に日に疲れが蓄積し悲鳴をあげていました。

 

そんな日々を過ごしているとふと思ったんです。

 

「こんな先の見えない仕事で一生働く人生はさすがに無理だ」

 

と。

 

幸いわずかばかり蓄えは出来ていたため、このお金を軍資金に

自分で気楽に商売を始めようと考えました。

しかし時はすでにコロナの影響で、実店舗経営は厳しい状況と判断。

それに経営ノウハウも一切分からないのに

いきなり実店舗を構えるのは無謀だと思いました。

 

そんな時に、

私は古着転売ビジネス(ネットビジネス)に出会い、

人生が一気に急変しました。

 

そして、古着転売を始めたことで、

「自分で稼ぐことでお金の悩みに束縛されない人生」

を手に入れるための経営ノウハウを学習出来ました。

 

私は履歴書だけでどんな人間かを判断されると

不採用になりやすい圧倒的不利な経歴です。

アルバイトも50社以上転々としてきたし、

最終職歴が風俗嬢ですから。

楽しいと思えない仕事を続けるのが苦手で、徹底的に逃げてきたんです。

このまま苦手なことから逃げ切って生き続けるには、

自分で商売をするのが早いと思ったわけです。

過去の経歴で判断されない、時給や時間で束縛されない生き方を

見つけたことで、自分の人生に新たな希望を持てました。

 

今では自分の力でお金を稼ぐコツを知り、

・古着転売で月5万円の収入を継続して稼ぐことが出来る

・他の仕事をしながらも古着転売でもお金が増えてくれる

・実店舗を持たずともスマホだけで商売が出来る

・おうちでコロナの心配を一切せずに稼ぐことが出来る

・肉体労働など体を酷使せず働ける

・煩わしい人間関係なく稼ぐことが出来る

・就業時間に拘束されずに稼ぐことが出来る

・友人と気軽に遊びに出掛けられる

・商売の基礎を体験的に学習しながら稼げる

・古着転売について情報発信ビジネスを始める

こういったことが出来るようになり、

今までとは全く違った新しい人生に変わったのです。

 

そして現在、古着転売での稼ぎ方について日々情報発信しています。

 

「元々知識や経験があったんじゃないの?」

 

と思うかも知れないですが、

私は転売に関する知識はほとんどありませんでした。

 

何故なら、“自分で稼ぐ経験なんて一切したことがなかったから”です。

当時の私はお金は会社に勤めて得るものと思っていたし、

自分でも稼げるなんて考えが少しもありませんでした。

 

そもそもですが、

私はものすごく低学歴でして、

偏差値の低い高校をギリギリ卒業し、

それからは頭を使わず出来る肉体労働ばかりでアルバイトを転々としてきました。

 

商売に関する知識やセンスがあったわけではないですし、

頭を使う仕事は今でも苦手なので、

人より秀でた部分があったわけでもなかったです。

 

すべてを“0”からスタートしました。

 

今のあなたと同じです。

 

ビジネスの知識なんて完全に0でした。

 

 

そんな私でも古着転売で経営ノウハウを学び、月5万円を継続して稼ぐことが出来ました。

 

このブログでは昔の私のように、

「学歴も資格もなく、40代という人生の大台に乗った年齢になり、先の見えない生活や老齢の家族の健康がとても不安。後々は自分の力で生活出来る自由な人生を目指しつつ、機械音痴の自分でも出来る分かりやすい方法で堅実に収入を増やして人生を変えたい!でもビジネスってどれも難しそうだし何をすればいいか分からなくて悩んでいる。でもどうにかして人生を変えたい気持ちが強い」

 

という人に向けて、

まずは自分で古着転売ビジネスで月5万円を稼ぐ力を身につけて、

新しい一歩を踏み出してもらいます。

 

このページでは私がどう変わっていったのか?

 

そんな物語を見てもらい、

私のことを知ってもらえればと思います。

 

 

父が他界し超貧乏生活の幼少期

 

私の両親は普通の人で、

父親はガス会社で会社員として勤務していました。

 

母はパートでヤクルトレディをして、

私を含む5人の子どもたちを養ってくれていました。

 

一番末子の私だけが

兄妹の中でも歳が離れて幼く、

両親が仕事で不在の際は

13歳離れた姉が私のおしめを交換してくれていたと言います。

 

1979年生まれの当時でも

5人兄妹の家庭は大家族としてめずらしい存在で、

昔ながらの小さな一軒家は

常に人やモノで溢れていました。

 

私には父との思い出がほとんどありません。

私が4歳の頃に、彼の趣味である釣りを楽しんでいた際

不慮の水難事故に遭い、命助からず他界してしまいました。

 

唯一覚えていることと言えば、

父は今で言うDVで、

母や子どもたちに対してすぐ手を挙げる人だったこと。

自分の気に食わないことには

自分が間違っていても構わず平手打ちが飛んできました。

私は日頃から父にぶたれないよう、

自分なりに必死でご機嫌取りをしていました。

 

父が亡くなってからは、元々成人に満たない子供が5人もいる

我が家は、生活が大きく変わりました。

 

母は仕事のためほとんど不在となり、

私の食事や世話は、当時高校生だった姉がしてくれていました。

小さくして父を亡くした私を不憫に思ってか

姉はたいそう可愛がってくれて、

私は今でも姉には頭が上がりません。

 

こうして小さい頃から

ぐったり疲れて帰ってくる母親の姿を見て育った私は、

“働くってこんなに家を留守にする必要がある大変なことなんだ”

と、幼心に強く思いました。

 

大雨が降ると天井の至るところから必ず雨漏りが始まる、

床上浸水した後も家の修復が出来ず傷んだままの我が家。

女手一つで5人の子どもたちを必死に育てていくのに、

食費以外に使える余裕はありません。

 

もちろん一人部屋も専用の勉強机もありませんでした。

食事用のちゃぶ台の隅で漢字の練習をしていました。

小学3年の時に初めて専用の勉強机を

与えてもらった時はとても嬉しかったです。

兄妹からのお下がりで落書きだらけの

オンボロな学習机でしたが、

自分専用で使える場所があることがとても嬉しく、

毎日拭き掃除をして大切に使っていました。

 

歳の離れた兄妹の影響が大きく、

深夜番組を兄妹と一緒に観たくて

夜ふかしばかりする子供でした。

 

今思えば、無意識に家族が居なくなる寂しさから、

少しでも誰かと一緒に居たいと思っていたのかも

知れません。

 

末っ子気質でひょうきんな面を持つ性格のまま

私は中学生になり、

受験シーズンに入ります。

 

元々自分に甘く、勉強が出来ないことを

悔しいと思ったことがなかった私は、

自分の学力で入れる偏差値の低い

高校をギリギリで入学し、

部活などには少しも興味を示さず、

学校帰りは毎日アルバイトの日々を送ります。

本来学校ではアルバイトは禁止されていましたが、

母がパートから自営で飲食店を始めたため、

実家のお手伝いという名目で、学校には言い訳が出来ました。

 

今までは高校の学費を払ってもらえることだけで

申し訳ないと思っていたため、

自分で働いて手にしたお金で

服を買ったり遊びに行ったり出来る楽しさを

体験し、お金があると出来ることの選択肢が増えるんだとよく分かりました。

 

相変わらず貧乏な我が家だったため、

本当は音楽の専門学校に行きたいという

本心を言い出せず、

学校から推薦された会社に正社員として

内定をもらい、すんなり就職する道を選びました。

 

幼い頃から一度も一人部屋で過ごしたことがなく、

自分だけの空間に猛烈なあこがれがあったため、

自分で稼いで一日でも早く一人暮らしをして

生活がしたかった。

何より母を楽にさせてあげたかった。

新たな生活に期待に胸をはずませて、

苦手だった勉強生活からの解放を

清々した気持ちで高校を卒業しました。

 

正社員歴わずか一年、アルバイト50社以上も転々、海外生活から風俗嬢に!?

 

苦手な勉強から解放されることがただ嬉しく、

将来を深く考えずに決めた就職先は

ガソリンスタンドのスタッフでした。

入社初日に先輩からあれこれ仕事の仕方を指導いただく中で、

わずか数時間の間でふと考えてしまったんです。

 

“この仕事楽しくないかも”

 

と。

 

当時は車酔いが激しく、

排気ガスの匂いにも車酔いの

気分を連想させて、

車自体が苦手でした。

 

とりあえず就職し、一人暮らしするんだと

気が焦るばかりに、適当に決めた就職先でしたので、

自分の苦手なことに注目せずに選んでしまったんです。

 

“このまま一生ここにいるのは地獄だ”

“どうするか決めるなら早いほうが良い”

 

そう思った私は、わずか3時間足らずで体調が悪いと申し出し

早々に帰宅し、その日の晩に会社に電話で辞退したいと伝えました。

 

この頃また自営の飲食店で

アルバイトとして働く毎日に。

そんな中母の友人でディスカウントストアで働く方から

飲食店での働きぶりを見初められて、

私をディスカウントストアの正社員として

入社させてもらいました。

 

ガソリンスタンドの時とは違い、

室内勤務で雨風の心配なく働け、

毎日手にする商品もさまざまで、

仕事自体はとても楽しかったです。

 

楽しい毎日でしたが、どうしても

馴染めなかったことがありました。

それは、会社のルールや規則です。

今まで家族の経営する飲食店でしか

社会経験をしていなかったため、

就業時間やお昼休憩などのきっちり

決められた生活に、どうしても馴染めなかったんです。

次第に会社を無断で休む日が増え、

公園であてどなく過ごす時間が増えました。

こんな毎日を繰り返し、

とうとう会社から個別呼び出しを受け、

私の正社員生活は一年経たずに終了してしまいました。

 

一度ならず二度も就職期間をまともに勤められなかった

ことで、退職した事実をなかなか家族に言えず、

公園のブランコに揺られながら、

 

“私は会社のルールに合わせられないダメな子なんだ”

 

と、ひどく落ち込みました。

 

それからはずっと会社員として働くことはなく、

アルバイトで生活を続けてきました。

一日の労働時間も社員時代とは違って短く、

やることがコロコロ変わるため、

飽き性の私には向いていると感じました。

早朝はティッシュやチラシを駅前で配り、

お昼にはランチタイムに飲食店のお運び、

夜は居酒屋のキッチンで調理補助、

こんな生活を何年か続け、

気付けば20代ですでに50社以上のアルバイトを経験していました。

 

この頃当時のアルバイト先の同僚に誘われ、

人生初の海外旅行を経験しました。

今まで海外なんて一度も行ってみたいと

思ったことがなかった私ですが、

初めての海外ですっかり楽しさを覚えて、

数年後には海外で生活してみたいという思いだけで

単身でタイに渡り、現地の日系企業に採用され、

6年もの海外生活を経験します。

 

ただ元々が、海外で生活したかっただけで、

英語はおろかタイ語もロクに成長せず、

あまりにポンコツで役に立たなかったため、

会社から解雇を言い渡されてしまいました。

 

どれも行動は早いのですが、いかんせん爪が甘いんです(笑)

 

こうして6年も暮らした海外を泣く泣く後にし

日本に帰国した時には、お金も資格もないただの37歳に。

お金がないことで家族に迷惑だけは絶対に掛けられないので、

当面の生活の不安から風俗嬢に。

一度始めてしまえば案外慣れるもので、

気付けば風俗生活も3年が過ぎ、自身も40代になっていました。

 

30代の頃とは違い、15時間もの拘束時間や過酷な肉体労働に身体も悲鳴をあげ続けて、

挙げ句コロナで客足がガクンと減ったことで、

自身の現状にふと不安が襲いかかりました。

 

“こんな一ヶ月先も見えない生活で、自分や老齢の

家族の身体の心配も増えてきてるのに、一生こんな

生活続けるなんて確実に無理だ”

 

40代にもなって学歴も資格もない私は

今さらどこも雇ってもらえる希望はありませんでした。

 

幸いわずかに貯金は出来ていたため、

自分で商売を始めようと考えました。

しかしこの先コロナの影響で実店舗を持つ

ことは不利、さらに商売に関する知識がまったく

なかったため、どうしたら良いかと悩み始めました。

 

そんな時ネットで検索していると、

古着転売で生活している人を目にしたんです。

 

古着転売をビジネスにして生きている人との出会い

 

その人は以前まではアパレル店に勤務され、

現在では古着転売で独立しているとのこと。

ネットビジネスは多くの人が参入し

成果が出ずに諦めてしまうことも多い世界。

そんな中でもネットビジネスで独立して

活躍出来る人を、単純にすごいと思いました。

機械音痴の私は複雑なパソコン操作が必要なことは

お手上げ状態ですが、

何やらスマホだけで出来るビジネスということ、

安く仕入れて高く売る】という分かりやすい

ビジネスモデルであったことに

強く興味を持ちました。

 

「これって経営ノウハウも同時に学べるってことじゃない?」

 

興味が出てからの行動は早く、

その方と連絡を取り1から古着転売のコツを学び、

自分で実践を始めました。

 

最初はメルカリに洋服を出品するのも大変でした。

元々そんなに広くブランドも知らない状態でしたから、

こんなブランドがあるんだ〜って感じで

実践で覚えていきました。

洋服をキレイに見せる写真を撮って、

魅力が伝わる商品説明を考えて。

慣れないながらも毎日コツコツ作業していると、

初月から洋服が売れ始めます。

風俗の仕事も続けながらも

スキマ時間に作業を続けていき、

次第に洋服にいいねの反応もどんどん増えていきました。

私がこの時思ったのが、

“古着転売もれっきとしたビジネスで、

方法をちゃんと学べば儲かるんだ”

ということです。

 

古着転売を継続していくと

写真の撮り方やアカウントの

見栄えがよくなってきました。

継続することで作業自体も慣れ、

効率よく出品まで行えるように。

どんな商品が売れてどんな商品がイマイチかも

経験を通して分かるようになり、

洋服が売れた瞬間を楽しいと

感じるようになりました。

ある時はプレミアの付いたTシャツが

2万円以上で売れたり、

海外から購入した洋服が

仕入れ値を軽く超える売上になったり、

“うぉぉ〜!めっちゃ利益出た〜!”

すっかりゲーム感覚で洋服販売を

楽しめるようになってきました。

 

古着転売のコツが分かってきてからは

自分で稼ぐことが楽しくなり、

風俗の仕事に取られている時間が

もったいないと感じるようになりました。

 

“これもっと本格的に取り組んだら

普通に生活できるようになるんじゃない?”

 

古着転売に使える時間を増やし

さらに本格的に取り組んで行こうと考え、

思い切って風俗生活を晴れやかな気持ちで卒業しました。

 

月5万円を増やせると、心に優しい生き方が出来る

 

今まで私はお金がないことで、

選択肢がたくさん狭められることを体感してきた人生でした。

幼少期に母と一緒に過ごす時間が少なかったことも、

専門学校へ進学したい希望を打ち明けられなかったのも、

全てお金がなかったから。

 

お金は無いよりあったほうが絶対に良い。

 

お金がないと大好きな人とも一緒に過ごせないし、

人生の節目の選択肢も大きく変わる。

お金がないということは色んな不幸を招くんです。

 

一般的に私と同じ40代くらいだと、

ご結婚してご家族がいらっしゃる方も

多いと思います。

その大切な愛する家族と、

お金がないことで一緒に居られない、

大切な我が子の成長になることを

お金がないことで諦めてもらわなければいけない。

 

そんなことになったらとても不幸ですよね。

 

今やかつての大手企業も、

世間の不況で経営が存続出来ず、

続々と倒産してしまう世の中。

ご自分の会社は大丈夫だと思える

保証はどこにもないと思いませんか?

今まで副業禁止をうたっていた会社さえも、

次々と副業解禁としていることが、

現在がどういう状況かを物語っています。

 

もはや現代は、個人で稼ぐ力を身につけるのは必須です。

 

備えあれば憂いなしですし、

思い立った時がタイミングなのです。

コロナ後の現在、収入源は持てるだけ

持っておくに限ります。

 

ビジネスの入り口として古着転売で月5万円を稼げるようになることで、

・自分や家族の幸せに活かせるお金が増える

・最悪な未来の際の保険になる

ようになると、全てが心の安心になります。

 

月5万円収入が増えれば、

エステで肌を整えたり、

勉強のための本を購入したり、

未来を豊かにするための自己投資の資金に使うことも出来る。

 

たった5万円と感じるかも知れませんが、

年間で考えれば60万円も収入が増えるんです。

 

多くの転売ヤーさんは、

会社員時代の給料を軽く超える

収入を稼いでいたりもします。

生活に合わせて作業量を調整すれば、

月5万円と言わず、生活出来るレベルの

金額を目指すことも可能なんです。

 

月5万円を稼げるスキルが身に付けば、

さらに多くの金額を稼ぐようになれる

可能性が広がるということです。

一度基本のノウハウを覚えてしまえば、

収入を増やすことは難しいことじゃありません。

あなたの頑張りで10万円、30万円、50万円と

増やせる可能性は大いにあります。

 

古着転売ビジネスなら可能になります。

 

さらにそこから自信が付けば、現在の私のように

古着転売で稼ぐスキルを情報発信することも後々可能です。

 

あなたがもし今、現状を変えたい、

将来への不安が何かあるなら、

まずはビジネスの入り口として古着転売で

月5万円を稼ぐスキルを身につけることで、

 

「今までとは違ったお金に対する安心を手に入れられる」

 

ことが出来るかも知れません。

 

しかもスマホだけで。

どうですか?ちょっとワクワクしませんか?

 

実際、私は今までとは違ったお金に対する安心を手に入れることが出来ました。

そして、それが“自分の心に優しい生き方”だったのです。

 

世界を知れる場とこれから私たちが作るストーリー

さて、ここまで長い文章を読んでいただきありがとうございました。

私はこのブログを中心とした情報発信をして、

“世界を知れる場”というのを作りたいと思っています。

 

私はこれからどんどん色々な世界を知り、

知識をもっともっと付けていきたいと思っています。

 

しかし、1人で全てを知るなんて無理なことです。

 

だから、色々な価値観や知識を持つ人たちが集まって、

情報交換したり、様々な話が出来る場を作りたいと

思っているのです。

 

「この間◯◯に行ったけど、こんな感じだったよ!」

 

「もっとこうしたらビジネスが広がるんじゃない?」

 

などなど、この場にいることで

自分の知らない世界や価値観を広げられるような、

そんな場を作りたいと思っています。

 

個人的には海外旅行の話とか大好物です!

 

そして、この世界を知れる場を、

正しい知識を学べる教育の場

にしたいと思っています。

 

お金の勉強を知らなかったように、

私たちが知らない正しい知識は存在しますからね。

 

それが学べる場にしていきたいです。

 

その為に、

まずは古着転売ビジネスを入り口に、

自分の力で月5万円を稼げるようになりましょう。

 

ネットの力を使えば、

店舗を持たなくてもお金を稼ぐことは可能です。

(当然努力は必要ですよ)

 

月5万円収入が増えたら今まで我慢していたことも可能になります。

 

そして、私は現在、世界を知れる場を作る、

お金に束縛されない人生を作るきっかけとして、

プレゼントを用意しました。

 

“ビジネス初心者に古着転売をおすすめする理由の解説”

“古着転売ビジネスの実践方法(基礎編)”

“コスト0円でお金を生み出すミラクルな方法”

という3つの無料プレゼントです。

 

プレゼントをご覧いただくことで、

古着転売ビジネスの簡単な始め方などを、

分かりやすく話をさせていただきます。

 

楽しく見られて学びになるように作りましたので、

安心してもらえればと思います。

 

これからお金に束縛されずに楽しく生きる人生にしたい、

今までの人生の不安から脱却したい!

 

そう思っていたら

是非参加してください。

 

ちゃんとビジネスをして稼いでいきたい人は

基本を知ることが大切なので、

基本を知るだけで稼げるようになるまでのスタートダッシュになるはずです。

 

無料ですので、

是非受け取ってください。

 

一緒にお金に束縛されない人生までのストーリーを作っていきましょう!

 

あなたの参加をお待ちしています。

 

 

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